中国IT界の雄、完全引退か
18日、中国のIT大手アリババ(阿里巴巴集团)創業者のジャック・マー(馬雲)氏がソフトバンクグループの取締役を辞任すると報じられた。同氏は1999年のアリババ創業以来同社を牽引し、同社株主のソフトバンクと密接な関係にあったが、昨年2019年にアリババの会長を辞しており、去就が注目されていた。
馬氏の辞任はソフトバンクグループの株主総会(6月25日予定)を前に同社より発表された。報道によると、辞任は馬氏自身からの申し出によるものとされている。
馬氏は1999年にアリババを設立し、オンラインショッピングサイトの運営などで業績を拡大。2003年に開始したキャッシュレスサービスのアリペイ(支付宝)は爆発的に普及し、異例の膨張を遂げた。同社は2000年以降ソフトバンクの出資を受け入れ、馬氏はソフトバンクの孫正義氏とも蜜月といわれていた。馬氏と孫氏は相互にソフトバンク、アリババの役員を勤めていた。今後も馬氏はアリババの社員として籍を置くが、馬氏は両社いずれの経営からも実質的に手を引いた形だ。
経営者としてカリスマ的な注目を浴びた馬氏だが、中国国内では批判の声も少なくない。昨年には、朝9時から夜9時までの12時間、週6日間勤務を指す「996体制」を社員に強制しているとして、実質的な謝罪に追い込まれた。
馬氏は2019年、教育分野を中心とした慈善事業に専念するとの理由でアリババ会長を辞した。50歳台半ばという若さでの引退は国内外で驚きをもって受け止められた。同氏については前年の2018年に中国共産党機関紙「人民日報」で、中国共産党の党籍を有していると報じられた経緯もあり、中国政府や同党の強い意向があったなどと指摘する識者もいる。
中国政府に屈したか、それとも慈善家の道に本気か
一説によれば、巨大企業と化したアリババに対する中央政府の目は年々厳しさを増しているとされる。政府から不正の疑いをかけられ、逮捕・拘束の危機から逃れるために引退した−−ある中国人識者はそう指摘する。
以前より中国の習近平国家主席は、国内の巨大IT企業を嫌い、自由主義的傾向への締め付けを強化してきたといわれる。同じく中国IT企業の京東(JD.com)創業者の劉強東氏の性的スキャンダルにも、中国共産党系の関係者が暗躍したとの説があり、馬氏をはじめとするIT企業家らの間には警戒感が漂っていたようだ。
ジャック・マーは中国政府に屈した−−。これも説得力のある見方の一つといえよう。
一方で、同氏の教育分野への思いを伺わせる一面もある。馬氏は杭州師範大学に学び、卒業後は杭州市内の大学で6年にわたり講師を勤めていた。アリババ会長引退を表明した2018年には同氏は中国国営メディアの取材に応じ、この経験に触れて教育への思いを語っている。
馬氏が設立したジャック・マー財団(馬雲公益基金会)は昨年、チベット自治区のラサ市で「ラサ師範高等専科学校 ジャック・マー教育基金」プロジェクトを立ち上げ、1億人民元(約15億円相当)を投じてチベット自治区での教育人材育成に注力するとしている。
しかし、なぜチベット自治区が彼の投資先に選ばれたのだろうか。
チベットでは古来の文化的土壌や、中華人民共和国成立後の政治的動乱の悪影響が根強く、教育環境が中国国内でも極めて劣悪といわれる。習近平政権は教育環境の改善に注力しており、昨年度には同自治区は教育に272億元(約4110億円相当)の投資を行なった。
馬氏のチベット教育に対する投資も、およそ国策に沿って行われたものといっても差し支えはないだろう。かつて独自の文化を有していたチベットだが、中国当局との軋轢は激しく、現在では「漢化」(大陸同化政策)が進行している。馬氏の投資も必然的にこれを後押しするものとなる。
馬氏が中国政府に「屈した」という表現は正しいとは断言できなさそうだ。だが、現体制下で巨万の富を築いた同氏は、習近平政権の意向を常に意識する必要に迫られていると考えてよいだろう。他の中国人富豪もまた同様である。
折しも新型コロナウイルス感染症の影響で、グローバル化の進展には陰りが見え始めた。今、グローバル社会における中国経営者らは岐路に立たされている。
(写真:世界経済フォーラムでの馬雲氏(Foundations World Economic Forum))